竹箒日記 : 2012/08


2012/8/7 : きのこさんが クロ に けっていしました。

ハロー、いつまでたってもゲーム脳、昨日より強い刺激を求めてやまない紳士淑女の皆様方。
とびきりピーキーでアウトロー。ニッチでギーグでユニークなバカンスに興味はないかい?
ある? 頭はいつだってトンでいる? OK、なら今すぐ町のゲーム屋に走ってくれ。
チケットの名はスーパーダンガンロンパ2。
目眩めく数日間の非現実が、手ぐすね引いて君を待っているからね。

             ◆◆◆

そういうワケで、自分も絶望のヴァカンスから帰ってきました。

『スーパーダンガンロンパ2〜さよなら絶望学園〜』

衝撃の一作目からはや一年。このスタッフは紛れもない怪物だった。
金曜深夜、「ちょっとだけ、触りだけ……」と始めてからあら不思議、土日ぶっ続けてプレイ→クリアまで駆け抜けちまったぜ……まだ徹夜する体力があった事に驚きですが、明らかにロンパ2が持つ魔力のせいでしょう。まさに観るドラッグ。一度始めてしまえばプレイヤーに現実回帰を許さない、文字通りの“悪魔のゲーム”。それがダンガンロンパ2だった。

        閉鎖空間。露悪趣味。クローズトサークル。
        萌え。疑心暗鬼。サバイバル。オタク趣味。
        自己不在。友情。愛情。電脳。絶望。希望。その再生。

これらの単語にビビっとくるのなら是非プレイしてほしい。
ロンパの何が面白いのかは、残念ながら具体的に語れない。何を言ってもネタバレになるからだ。

“ものすごく面白いが、その内容は語りたくない。何故なら―――貴方にも、自分と同じ感覚を味わってほしくて仕方がないのだ”

一作目同様、多くのクリアユーザーがこう語るに違いない。
自分ももちろんその一人だ。
小さなデータに詰められた開発者たちの熱意と悪戯心を、どうか未知のまま楽しんでほしい。


                 ◆


……などと言いつつ、ちょっと待ったコールもある。
ダンガンロンパは手放しで勧められるゲームではない。
万人向けでない問題が二点ほどある。


一つはやはり露悪趣味。
登場人物たちは誰もが魅力的な造形だが、同時に毒も孕んでいる。

完全に人間として破綻しているが、道理の通っている希望の申し子。
フツーに人間の究極に到達してるが、道理だけ欠損した絶望の後継者。

彼らは強烈なキャラクター性を放つが故にプレイヤーを魅了してやまないが、それらは本来、社会に否定されるべきイズム。簡単に好きになってはいけないモノたちだ。
プレイヤーには毒は毒と拒むスキルも必須である。
露悪趣味と不謹慎は紙一重。
まだゲームという大衆娯楽の真髄に浸りきっていないユーザーには、このシリーズはちと早い。


二つめは完全な「続編」である事。
それも「ダンガンロンパ」からの続編ではない。外伝小説「ダンガンロンパ/ゼロ」を含めた一連の物語なのである。
もちろん「ロンパ2」だけプレイしても面白さは保証付きだが、その深淵を覗くためには「ダンガンロンパ」→「ゼロ」→「ロンパ2」と旅をしなくてはならない。
その在り方も流行とは逆行している。昨今、プレイヤーに多くのものを強いるスタイルは一般的とは言い難い。
ゲームのテーマも、その味わい方も、「ダンガンロンパ」は一見さんに厳しいのである。

ダンガンロンパの制作陣はプレイヤーにも熱意を求めている。
コアなゲームを愛する、コアなユーザーを標的にしている。
自分たちの世代が生んだ多くの娯楽を貪欲に平らげてきたユーザーを、彼らは“自分たちの標的”として捉えている。

……おそらく。
このスタッフはユーザーを、愚直なまでに信じている。
自分たちのゲームを手に取る人々が、
自分たちと同じ“重度のオタク”である事を信じている。
だからこそこんな直角に曲がる変化球を恐れもなく160キロで放れるのだ。

だからこそ―――
僕は、このゲームが大好きだ。
世の中に“面白いゲーム”は山ほどある。
ダンガンロンパ2以上の完成度を持つゲームは当然ある。
けれど、“自分の趣味にピッタリはまる面白いゲーム”は稀だ。
長いゲーマー人生、この手の宝物に出会う事は十あるかないか。

その幸運のうちの一回、いや二回を、自分はダンガンロンパに使ってしまった。

願わくば、この幸運がまだ続きますように。
ダンガンロンパの熱にあてられたプレイヤーの何人かが、
いつか同じ奇跡を作り出す未来に期待している。


さあ―――せっかく夏だし、娯楽も飽和状態だし。
気分を変えてサイコポップな日常を満喫するのはどうだろう。

どこまでも開放的な、南の島の封鎖空間へようこそ。




                ◆◆◆

……んで、ここからちょいネタバレ。
今回のラスボスの演出は、長年見たかったシーンの一つでもあるんですよ奥さん。
美しいものをおぞましく。
おぞましいものを美しく。
あの、“ゲームでしかできない現実感のなさ”はちょっと他にない。

あれこそアニメ系3Dに特化した日本のゲームにしかできないインパクトだと思います。

“裁判で戦う”システムである以上、前作のインパクトを超える為の面白演出だったけど、それを許容しちゃう○○○さんもハンパないでぇ……。
逆転裁判がシリーズを重ねるごとに「最終証人」がアヴァンギャルドになっていったのと同じように、アレも、正体がバレバレなのでそのデザインはプレイヤーの予想を超えるものでなければならなかったと思うんだ。せっかく○○空間が舞台なんだし、派手にいかなきゃ損だよね!


んで、その後の最後のロンパはシリーズで周到されたシステムを最大限に使った、たった一度きりの“逆転”でした。
テキストやイベントCGで“立ち上がる主人公”を表現する事は、多くの先達がやってきた。
けれど「システム」で“主人公の克己”を表現したゲームは、そう多くない。

ダンガンロンパはシナリオ面だけでなく、ゲーム性でも記憶に残る名作だった。
その味は百万人に愛されずとも。同じ波長を持つ何十万のプレイヤーには忘れられない味になったのだと、僕は信じている。





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